BRAHMAN


BRAHMAN0.55.zip
2018/1/20 各種カメラ操作修正 UI修正 エンカウント音 敵歩行音追加 ver0.55
2018/1/19 ゲームオーバー処理を暫定修正
2018/1/19 イベント追加 ランダイベント moriイベント ランダ戦 ver0.53
2018/1/15 レーダー追加 主人公死亡処理追加 ver0.52
2018/1/15 イベント追加 敵がすべてアリ人間になったのを修正。OPスキップ処理追加 ver.0.51
2018/1/12 Windows版の配布を開始
2017/12/15 イベント画面でのCtrlメッセージスキップ機能を実装。HTML5版の開発を終了
2017/12/15 HTML5の限界を確認 配布形態を次回から変更
2017/12/15 スタート画面からシーンを連結 ダンジョンエントリー描画を修正
2017/12/12 アリ人間バトルを公開

音楽:クラシック名曲サウンドライブラリー様
効果音:くらげ工匠様
http://classical-sound.seesaa.net/

 

しつこさと一生懸命

一生懸命はダサい風潮や、しつけぇとか言われても気にしないでここまで来た。
社会に私の椅子は無かったかもしれないが、意地で12の戦闘シーンが完成した。

 

中央集権化と地方切り捨て及び慰安婦像

東日本大震災で、原発がメルトダウンしたとき、関東地方では段階的な停電を行った。この時間は夜であろうが、昼であろうが東京以外は停電するというものである。東京電力は民間企業であるが、インフラ会社であるため国とつながっているのは間違いない。実際、主要企業と東京市民を優先した。

斯様に中央集権化は昔からあることだが、最近加速度的に進んでいる。自民党の安倍総理が、国民に人気の割合が高い松本人志氏や橋本徹氏を囲い込みに行っている。
朝日新聞の肩を持つつもりはさらさらないが、籠池夫妻と仲良く写真に写っている安倍昭惠夫人は何のお咎めもなく、籠池夫妻は年末留置所で過ごしている。

自民党の一極集中型の中央集権化が進むと、官僚と世襲の政治家により政治が腐敗する。相撲協会が好例である。経済のための政治になっており、国民のための政治ではない。国民の政治家への不信と貧窮から、国民は自らの利益のために投票するようになる。政治家もきれいごとを言わなくなってきた。民主党はなにかやりそうな期待だけをもたせる雲の集団で、実体を伴わない親の金だけを持った集団であることが露呈し、名前を変えつつ、雲散霧消した。2大政党制の復活を望んでいるわけではない。能力の高い人間がより良い椅子に座るのは当然である。しかし、「従軍慰安婦が必要であった。」と最大の発言ミスをした橋本徹氏を抱える自民党は何を考えているのか。従軍慰安婦は確かに道徳的によくないことだが、韓国でもベトナム兵にしている事実があるし、北朝鮮では性の上納をしている。それを無視して、我々は被害者であって、日本は敵であるとする。さらに汚い像を世界に建てることで、日本人が汚い民族であるという印象を与える。金だけ取って日韓合意を反故にする国のことは忘れられ、日本人が汚い民族であるという印象だけのこる。日本人はユダヤ人のように強い血縁関係もないし、減少して、いなくなるかもしれない民族であるから、生き残りたい韓国の戦略はよいのかもしれないが、北朝鮮の矛先が日本に向いている最中に、調子に乗って竹島の挑発行為に来た文大統領には怒りを禁じえないし、それを報道しないマスコミと、海上保安庁と海上自衛隊のリスクが高まっているのに抗議活動もまるでしない自民党も同様である。

追記:28日夜 安倍首相は冬季オリンピックの辞退を予告した。これは評価したい。

増え続ける痛み

死の目途が立った時、人は死を考える。
快楽も麻薬も社会的承認もなく、苦痛だけが増え続けるとき、
自死を考える。孤独死は発見が遅いと、腐臭とともに、大量の体液がベッドに染みつき、体が蛆などの虫に食われる。それを防護服を着た業者の人間が処理する。孤独死は覚悟していると言っている人間がどれだけその事実を知っているだろうか。

安楽死のシステムを社会が承認してしまうと、社会システムが崩壊するので、安楽死は認められない。成功者の息子が覚せい剤に手を出すように、死に損ないは毒を探す。宗教が胡散臭いものであるという共通認識が日本人にあるから、死んではいけない理由などは日本に存在しない。死後の世界を納得できるデータで説明できる人間はいない。

ほとんどの宗教で姦淫は罪である。身体的痛みは人間を制限する。宗教や神、集合的無意識が人間を制限する心の痛みであるにも関わらず、人間は増え続けている。
人に好意を持っても報われない人間は、骨のような刃が生きた分だけ心臓に幾重にも刺さる。その骨でできた剣の傷口から止まらない血を抑えながら、生きる痛みを止めるためにこの宗教的観念が生まれたのではないだろうか。
だが、盲目的に昔の弱者救済の政治道具に使用された文書を信じることができない私は、いずれ自死を選択しなくてはならないだろう。