ユングのタイプ(類型)6

3.意識と無意識の相補性

外向的態度と内向的態度、4つの心理機能の主機能と劣等機能については、言及してきた。意識の態度が一面的になるとき、それを相補う働きが無意識内に存在することをユングは重要視している。上図は外向的直観型の人の一例である。心理機能の主機能は1.直観機能、相反する未分化の心理機能は4.感覚機能、補助機能として2.思考、3.感情がある。数字が大きいほど未分化である。

主機能を頼りにして、補助機能を助けとしつつ、その開発を通じて、劣等機能を徐々に発展させていく。この過程をユングは個性化の過程(individuation process)と呼び、人格発展の筋道として、心理療法場面においても人格発展の指標として用いた。

余談だが、企業ではこの過程を軽視する。効率的に利益をあげることが企業の目的であるから、尖った機能をさらに尖らせる。それについての弊害は企業は考えない。(この部分は河合氏も言及している。)

個性化の過程(劣等機能の発展の過程)はユングが得意とする夢分析に特徴的にあらわれることがよくある。一例として思考型の人のトランプのハートがない夢があげられる。この人は夢の中で4人でトランプをしている。両隣には兄弟がすわっており、対面には見知らぬ女性が座っている。手札にはハートのカードがなかったという夢である。ユングの夢分析を使用すると、兄と弟から直観、感覚が連想され、ハートのカードや見知らぬ女性からは(情熱、愛情)が連想される。このことから、感情機能について自分はあまりよくしらないこと、その機能の発展として、女性ということも問題にしなくてはならないことがあげられる。劣等機能は見知らぬ人や、ときには抗しがたい怪物の姿で夢に現れる。

現代では一芸に秀でることが生きるための近道であるので、主機能が一面的に開発されるあまり、劣等機能の抑圧が効かなくなり、心療内科を訪れる人々が増えている。もちろん、女らしさを周囲に過剰に要求される内向的思考型の女性も同様に苦しむ。しかし、一般的な場合、心理療法においては、劣等機能の開発にすぐ着手せず、補助機能の発展に心がけることが適当である場合が多い。心理療法においては公式に当てはめるような治療は危険であるので、事例ごとに慎重に考えなければならない。一般に男性の場合は主機能で生きる人が多く、型の判定は容易であるが、女性は鋭角さは好まれないため、一つの機能がとがっていることは周囲から見えづらく、型の判定は難しい。

自分と型の異なる人を理解することは困難であるとユングは強調した。わたしたちは自分と反対の型の人を不当に低く評価したり、誤解したりすることが多い。外向型の人にとって、内向型の人は、わけのわからない冷淡な臆病者にみえるし、内向型のひとから外向型の人をみると、軽薄で自信過剰な人にみえる。音楽好きな感覚型の人が、音楽好きな直観型の人のきいているオーディオプレイヤーがノイズの多いことを指摘するのに対し、音楽好きな直観型の人は相手の人は音楽よりもオーディオプレイヤーが好きなのではないかと感じるようなことが例として挙げられる。その一方で、実際には恋人や友人を反対の型のひとを選ぶ人は多い。自分にないものを持っている人に対して抗しがたい魅力を感じるとともに、自分の個性化の過程(劣等機能の発展の過程)が外にも呼応して生じてきたものと考えられる。同型の人をパートナーに選んでも、逆の型をパートナーに選んでも、倦怠期は訪れる。無意識の反応だけでは劣等機能を暴走させたりすることもあるが、単なる両者の無意識の反応だけでは、離婚してしまうだろう。自己の個性化の過程を両者が努力していかなければならないだろう。

ユングのタイプ論は意識の態度に注視して、タイプを分けることを明確にし、次に意識と無意識の補償作用の存在の指摘へ進んだ。このため、外的な行動には複雑さが加わるため、タイプの判定は困難になっていることを述べている。結局ユングが強調するのは、意識の一面性を嫌い、全体へ向かって志向する心の働きである。このタイプ論の背後に自己(self)と心の全体性(phychic totality)の考えを認めることができる。

外向、内向はわかりやすいが、心理機能については疑問に思う人が多いと考えられる。しかし、自分のことを内的に考えてみて、自分の性格を改善し、発展させる道筋を見出そうとしたり、今まで不可解だった人をよく理解しようとしたり、人間関係をよくするための指標としてはよく機能することは強調してもよい。外からのレッテル貼りではなく、内側からみた性格論としての意義を十分持っているといえる。