ユング心理学からみた ペルソナ5

ペルソナ5はPlayStation4から発売されたRPGである。概要は以下の通り、

無実の罪で前科もちとなった、高校生の主人公が、仲間とともに、特殊能力を得て、社会的な悪人の精神世界に入って、自身のペルソナを変えることによって、その悪人のシャドウと戦って滅ぼして、会心させる。

これはペルソナ4とは全く異なる。ペルソナ4はシャドウと対面し、戦って、統合して力を得る話であったが、ペルソナ5は社会的な悪人のヘイトを高める演出をして、精神世界に入り込み、(シャドウとはいえ仮面を無理やりはがす演出もある。そんなことは無論してはいけない。)つまり、義賊を名乗り、悪人を精神的内部から破壊することによって正義を示すのである。(敵の同能力者は精神的に廃人にするが、主人公側の一方的な会心も私からすれば大差がない。)これは、映画「カッコーの巣の上で」、で手が付けられない障碍者や障碍者に見える人に行ったロボトミー手術と何ら変わりない。冤罪で捕まったからと言って、自分の境遇が不幸だからと言って、悪人とはいえ、人の精神を破壊する行為は赦されない。

ペルソナ、シャドウ、認知など心理学用語をつかって、購買者を釣っておきながら、誤った手法をするのはやめていただきたい。

これは、映画羊たちの沈黙やハンニバルにおける、チルトン教授の手法と何ら変わりなく、このゲームの評価が5に近いのは、私には理解不能である。