ユング心理学 アニマ 5

実際においてアニマを意識内に統合してゆこうとの試みは、ある意味では男性にその”弱さ”の開発を強いるものであり、真に困難なものである。どれほど強がりを言ったり、あるいは実際に強い人でも、恋愛になると急に脆くなったり、愚かになったりするのが通例である。実際、アニマは男性に弱さを経験を通じて教えてくれる。そしてこの弱さの内的経験を通じてこそ、男性は他人との真の関係を打ち立てることができる。強いばかりの男性は、支配し、命令することはできても、他人と深い対等の交わりを結ぶことはできない。心理療法家になるひとは、必ずアニマの問題に直面しなければならぬのも、このためである。(転移・逆転移の問題)

しかし、アニマと対決し、統合してゆくことと、アニマと同一化することは区別しなくてはならない。同一化するとその男性は女々しくなったり、むやみに感情的になったり、甘い感傷的な考えに陥って現実との対決をさけたりする。カウンセラーの男性の中に、女らしい感じや甘い感じの強い人がいるが、これらのひとはアニマとの同一化の危険におかされているというべきであろう。(教育評論家の尾木ママもそうかもしれない。)

一般には男性としての強さや判断力などがまず期待されるので、なにはなくても外的な期待にそえるペルソナを作り上げることが大切であるアニマとの対決はそのあとでもいい。外界に対する適当なペルソナをもたないで、内界におけるアニマとの対決をなそうとするときは、腹背に敵を受けて(挟撃)、真に危険な状態に陥るものである。例外として、芸術家や宗教家、心理療法家なども、若い時からアニマの問題と取り組まなくてはならない人もいる。

アニマは女性に対して投影されることが多いが、必ずしもそうとはかぎらず、何かの物事や物体がその役割を果たしている場合もある。その典型的な例としてはアメリカにおいては自動車やバイク、戦闘機がアニマ的な役割をもっているように思える。男性は競って、素晴らしい自動車を買い、それを世話し(時には愛撫さえする)それについて、友人たちと話し合いをする。考えてみると男性化したアメリカ人の女性に比べると、自動車のほうがはるかにアニマらしいといえるが、近代的な合理主義の産物に非合理な感情の投影をしなければならるぬのも気の毒な感じを抱かせる。河合氏はアメリカ文化をいち早く吸収する我が国においてこの無機物のアニマ化を憂いているが、皆さんご存知のように、鉄オタやフィギュアオタ、二次元オタ、アイドルオタなどもう手遅れの感じが否めない。