性的弱者からの搾取手法として捉えた場合の女性アイドル商法

6月24日幕張メッセのアイドルイベントで、アイドルの殺害未遂事件が起きた。

犯人は24歳の男性で、ネットに上がっている男性の写真(信憑性は不明)を見ると、お世辞にも容姿端麗とは言えない。

女性アイドルは、同じ人間であるのに、ファンがCDと言う体をとった握手券を何枚買おうと、ファンの中のキモオタのことを、”壁のひび”くらいにしか思っていないし、できることなら、握手会などしたくはないはずである。なぜアイドルになりたいかと言うと、すなわち人間の根源的欲求である『自己受容の欲求』が肥大しているためである。ここにいてもいいこと、存在してもいいこと、の欲求が肥大し、他者の同年代の女性に勝ることや性的弱者の不特定多数の異性を踏みにじることでその欲求はさらに満たされる。際限がないその欲求は、主催者の悪辣な『グループ内での選挙』によって、握手会やSNSでの選挙活動を余儀なくされる。握手券と投票用紙を何枚も買った男性が、同じ人間であるにもかかわらず、金を払わされたあげく、キモオタマジ最悪のような、ツイートを見てしまえば、人生経験が浅く、自分のことをよく理解していない若い男性が殺意を持つのは自然である。(アイドルに限らず、情事のもつれとして、この種の事件は多い。)このような男性をサイコパスというラベルを貼り、排除するのは簡単だが、このような搾取構造の商売をつづけるならば、同じようなさらに凶悪で悲惨な事件は起きるだろう。(用意周到な犯人の男性がわざわざ発煙筒を焚いたことは何らかのメッセージである。)システムがおかしいことに気付くべきである。資本主義で勝負していて、やましいことはないとするより、偶像としての生ける神として宗教として奉る方が話が分かりやすい。(48にもそういう意味があるのだろう)やっていることは、女性を利用した主催者へのお布施となんらかわりがないからである。

(さらに言えば、商品価値がなくなったアイドルの女性は転落人生を送るか、見切り時を見つけて、金持ちと結婚するしかない。)