快楽主義と平均化そして国家の消失

大きな独裁国家はさておき、人間が全員快楽を追及するようになった時、
室内の温度が一定になるように、
人間の資本や人気や地位は平均化にむかうはずである。
それをするのは週刊誌であるかもしれないし、マスメディアかもしれないし、
カリスマかもしれない。
ある精神科医は赤ん坊が生まれて初めて泣くのは、不快だからであるからという。
胎内が快であったのに、外界に出た途端不快にまみれて泣くのだという。

人間は社会、および国家に対して、真摯であることより利益を求め始めた。
嘘をついてもいいから、自分にとって利益のあることを求め始めた。
韓国はすでにそうなっていて、大統領はもはや傀儡といっていい。
言っていることが二転三転しても、支持率は高い。
国民感情安定法のようなものがある国では、仕方がないのかもしれない。

慰安婦慰安婦と叫んでいるのに、ベトナム戦争でベトナム人女性を犯して
できた子供ライダイハンについては何もしらないのだろうか?
恥を知らないのだろうか?
10億円を日本に返したうえで、ベトナムに10億返したらどうか?

飯と石油が欲しい北朝鮮と、米朝中の板挟みを解除したい韓国は利潤を追求する。国家の意義を無視して、利潤のみを求めたのだ。

個の快楽を追及すると、もはや金をもらうための労働は意味を持たなくなる。
獣の欲求を満たすために戦争や、人殺し、無差別殺戮がはじまるだろう。

それを止めるのは、若者の情熱以外ない。

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