2017 7 21 2:54

お仕事にされている方には申し訳ないが、萌え声で喋るアイドルや、女性声優の声を聴くのが苦痛だった。ソープや風俗のネオンのような声は、足の折れた狐のような私にとって、もう手の届かないすっぱいブドウであり、消えてほしい対象であった。

ハンバーグ師匠で検索していたら、こんないい曲を見つけた。
女の人の声がとてもきれいで、男の人の声がとても素朴で、こんないい曲があるなんて知らなかった。私がこの曲に、失恋オチではなくて、普通に終わってほしかったと思うのは、やはり女性に母親を求めているからであろう。この曲に登場する女性も男性の母親になれないと、考えて別れたのであろう。私はこの女性の歌声がすきなのもあるが、このばかみたいな男性に共感して深く感動しているのであろう。

マップを作るのがこんなに大変だとは知らなかったが、
何とかやってみる所存。

 

 

2017 07

ニンニクのガーリックスライスを輪ゴムをとめずに、冷蔵庫に放置していたら、
冷蔵庫のにおいがひどいことになった。白物家電が悪臭をまき散らす怪物に変化した。輪ゴムは実は重要だが、そんなには必要ない。錠剤をとめる輪ゴムで代用する。
悪臭をとるのにクイックルワイパー一袋を消費した。

自炊時の食べ物の食塩量は減らしたほうが良い。たくさん食えないし、たくさん摂取すると体にも悪そうだ。実家が病人食のように食塩量を減らしていたのが、分かった。さすがにあれはやりすぎだが、安い精進料理の作成方法を探すべきである。

メディアの偏り

ソースが朝日新聞の記事が、日本にとって都合の悪いニュースばかり、報道していることはニュースサイトを一日見ただけでわかる。朝鮮日報と揶揄されても仕方がない。
最近は、産経新聞が自民党寄りであることがわかる。フジテレビのマークでいかにも中道のような感じをしているが、民進党のことはバッサリ切るのに、自民党総裁の奥方のことなど、夢にも触れようとしない。さらに、緊張状態を煽り、自民党政権を維持するため、空自機がスクランブルしただの、北のミサイルがどうのとか一面を飾る。過去をさかのぼると、戦争状態を煽っていてのは一部のメディアではなかったか。読売新聞も週刊文春で自民党よりを指摘されていたが、産経新聞も自民党寄りで印象操作が甚だしい。今の内閣支持率は29.9%で、今後どうなるかわからないが、中道の第二党がない現状は好ましくないと言える。金のない政治家は、票を集めるためや法案を通すために金を集める必要があって、金持ちの子どもならいいが、清廉潔白な貧乏な政治家も腹黒い金持ちによって黒く染まる。プラトンの哲人政治が不可能な点はここにある。金も必要最小限でいらないから、国をよくしたい人が集まって政治をすればよいという考えは、その哲人の人間性、あるいは獣性を否定した矛盾した考えだ。機械に判断をゆだねるという考えもあるが、機械の思考をつくるのも人間であるので、どうしても偏りが生じる。EVAのMAGIのように、複数の思考回路を作るのが望ましいが、その機械の決定に本当に人為的な作為がないのか?と言う疑問は、陰謀論が好きな人間には絶対に払拭できない。国会も老人の議員に対して、若手の議員が記憶力クイズをしかけて、こんなことも覚えていないのかという下手な論戦をする。仮にも、国の最高行政機関なのだからPDAくらい持っていけばいいのに、なぜかもっていかない。(携帯ゲームで遊んでいる議員は昔いた)IMなどつかわなくとも、信号さえおくれば、現在のように偉い人の代わりに、信号を受信した別の三下の議員が回答すればいい。獣医科増設問題や総理の奥方の問題などの質問でメディアが追い詰めたと思ったら、将棋の藤井四段の話についてコメントなど、本当にどうでもいい質問でフォローする政府寄りのメディアなど全く必要がない。

数は2と5だけでいい

深夜ラジオを聞いていると、数は2と5だけでいいと言うネタがあった。
0と1は数をつかうまでもない。物が2つあれば、2は必要だ。3と7と9は、2と5の差と和で表せるし、4と8は2の累乗で表せる。大分無理がある話だが、(例えば、銀行の残高で0がなければ不便であろうし、2桁以上の数や小数点のことを考慮していない)しかし、素数の法則性を考える上で、3と7は素数の和と差で表せるので、全ての素数が確認以外に必要ではないといえることがわかった。

ヨブ記

ユングのヨブ記の評論については前述したが、実際にヨブ記を読んでみると、
ヨブは結構、神に対して、恨みつらみを述べている。簡単に言うと、神には逆らわないから早く殺してくれ。と毎回言っている。そのたびに、無能な知人がやってきて、的外れなことを言い、ヨブはそれについて答える。ついに神が現れ、神の全能を示し、ヨブを救い、ヨブは繁栄を得て、物語は急に終わる。

ヨブ記で印象的なのは、ヨブの恨みつらみと世の不条理についての嘆きである。その詩篇がとても美しく、人々の胸を打つだろう。

ヨブを訪ねてくる友人はまさにアホそのものであり、友人についてのバックグラウンドが一切書かれていないため、言葉に説得力がまるでない。こいつらの部分はカットしてもいいくらいである。ヨブの恨みつらみでヤハウェが出てきたというよりは、友人のアホさ加減にあきれて出てきたような気がしないでもない。

最後に急速に物語が終わるが、つまりヨブ記は自殺をするな、耐えれば神が現れることもあるだろうということだ。信じる者は救われるといった話とあまり変わりはないのだが、反論する友人がいなければヨブはもっと早くに息絶えていたことだろう。