オットセイと老い

オットセイの強い雄の個体はハーレムを作る。
だが、その隆盛も長くは続かず、若い個体に決闘を挑まれる。
感情のない眼でボスと若い強者の噛み合いは続く。彼らには爪も拳もない。
やがて老いた雄が敗れ、感情のない眼で血を流しながら、その場を後にする。
ハーレムの雌たちは何事もなかったかのように、新しいボスについていく。

獣であれば、このように単純でよい。人間もやれ、いい人なんだけどとか優しいひとなんだけどとか言わずに、お前は弱いからだとか、お前は美しくないからだとかという理由で捨てればよい。おためごかしなど、却って困惑させるだけだ。芸能人の不倫を騒ぎ立てるのは、自分が老いたから、自分の周りではしてくれるなということもあろう。日本人は道徳的だという感想は的外れである。他人の不倫を騒ぎ立てるのは道徳的では決してない。

老人についても、敬老の日などとごまかしの日を作るべきではない。
南太平洋の島では老人と病人は自ら部落から離れ小屋を建てる。その時に小屋を作成する若者にも老人にも悲しみの感情などはない。老人と弱者はいずれ訪れる死を自覚している。

大半の日本人に愛国心などはない

満州事変と聞くと耳を閉ざすかもしれない。
日本は中国に対して、侵略を行い、絨毯爆撃を行って満州を占領した。
中国人は志那チクと呼ばれ迫害され、戦争の際には、敵地の村の食糧に糞便をかけるなどの行為をしたと岡本太郎が記述している。

満州に出兵したのは朝鮮人を中心とした兵隊であり、日本ではそれはなかったこと
としている。満州に住む朝鮮系の日本人はまた迫害された。最も、それが行われたのは1931年であり、今から87年前。もう生きている人間はいないだろう。

しかし、現地の人の傷跡は決して消えないだろう。原爆の傷跡が決して消えないように。日本人は当惑するだろう。歴史の時間に、日本は悪いことをしましたとセットでしか教わっていない満州事変という名詞をテストにでるから覚えさせられただけなのだから。

中国に出店している日本の店が割られるのも納得である。アメリカ人に占領され、資本主義的に誇りを蹂躙されたことを、老人は認めず、戦時の若者を美化する。若い人間は当時のことすらしらない。

そも歴史的に悪辣な戦争を仕掛け、原爆を落とされたからと言って、軍隊すら持てない日本を、軍隊を自衛隊と名前を変えて存続している日本を、テレビに向かって悪口しか言わない日本を、給料のよい職業としか思っていない世襲の金持ちしか政治家がいない日本を誰が愛せるのか?

日本人の本質は安倍昭惠夫人とモーリーロバートソンが言った。どっちつかずの権威主義だという。それは放送法に守られながらテレビ局に日本円の給料をもらっているモーリー氏自身ではないか?なぜ日本人全員の本質を一緒くたにされなくてはならないのか?それも日本人のほとんどが嫌悪する昭惠夫人に。日本人の本質が昭惠夫人ではなく、日本人のほとんどが本質的に嫌悪するのが昭惠夫人である。

 

東京オリンピックの重要性

朝鮮半島が統合しそうである。
全てがショーのように見えるが、韓国の16%の人々は北朝鮮の非核化を信頼しているという。破顔した将軍様と大統領の食卓には竹島の絵が描かれた皿。

これは、言わずもがな敵国として日本をとらえており、両者の利害が一致したことを示しているのであろう。スマートフォンiPhoneXの液晶は中国製、メモリは韓国製、カメラは日本のソニー製、他の部品はほとんど中国製になると思われる。

AppleやGoogle、マイクロソフト本社がアメリカにあるため、即大陸と日本の対立構造が浮き彫りになるとは考えにくいが、時間の問題であろう。

相手は過去の条約や事実を反故にすることに躊躇いを持たない血の気の多い国の人々である。森喜朗がこの段階まで半島情勢が変化すると読んでいたとはとても思えないが、彼が(何故か知らないが)強硬的に採決した東京オリンピックを外交的に成功させないと、日本の経済制裁で難民ボートが流れてくるだったはずが、海賊船が多数襲来することになるだろう。

進捗

子供のころスーパーロボット大戦シリーズをやっていたとき、戦闘シーンは全部のパターンを作成しているのだと思っていた。味方の機体種×武器の種類(回避、防御含む)×敵の機体種×武器の種類だから、恐ろしい数だなと思っていたが、実際はエフェクトだけ(機体の移動アニメと武器発射アニメ)作成して、合成していたのだろう。(恐ろしい数のビデオクリップを保存する容量はファミコンやスーパーファミコンにはないため)

シュレーディンガーの猫 量子力学の曖昧さ

ベルの不等式の破れによって、量子力学の理論体系が20世紀以降にほぼ修正なしで完成した。量子とは原子の周りをまわっている電子のようなミクロな粒子である。
電子は電荷をもつが、ラザフォードらの研究により水素原子の半径は一定であるとの実験結果を出した。これはマクスウェルの電磁気学理論とは異なる。
電子が水素原子の周りを回転しているならば、電磁波が放射され電子のエネルギーは減少し、電子は原子の近くに吸い込まれ、水素の半径は小さくなるはずである。
だが実際はそうはならない。外力を加えて半径が大きくなることはあっても、常に一定であった。

量子力学によれば量子は確率的に分布する。量子は状態ベクトルとして存在し、シュレーディンガー方程式によって描像される。
アインシュタインはこの理論を嫌い、神はサイコロを振らないとした。
しかし、ニュートン力学などの古典力学では説明できない現象が量子力学では説明できる。量子のトンネル効果はその防御策として半導体などに使用されている。

しかし量子力学は未だ曖昧である。ただ実験結果を量子力学があらわせているだけであり、量子の状態は観測されていない。実験結果を表す理論や式を無理やり作成することは可能である、別の理論体系を発明したとしてもそれは量子力学に包含される。
量子力学は正しいであろうと予想される。そのうち、証明もされるだろう。

だがシュレーディンガーの猫は納得しかねる。
シュレーディンガーの猫とはラジウムがα崩壊したときに青酸ガスが発生する外から見えない箱の中に猫を入れる虐待装置である。
1時間後に放射性物質ラジウムがα崩壊する確率を50%とすると猫が生きている状態と猫が死んでいる状態が1:1で混合しているという話だ。
外から見えないというのは量子が見えないということを表していると思われる。
だが猫はでかいからみようと思えばみえる。モニターなどをつけなくても、ガラス窓をつければ死んだ状態と生きた状態は混合していないことは一目瞭然である。
ガラス窓に加えて、脈拍もモニターすれば生きた状態と死んだ状態は混合などしない。
シュレーディンガーの猫とエヴェレットの多世界解釈と結びつけるのは論理の飛躍である。観測者の観測が効果をあたえることは量子力学の話であって、箱の中の猫が死んでいるか生きているかは見ればわかる。全く納得しかねるのだが、これは説明のための一例であると言われれば黙るしかない。