小さな共同体再考とSNSの衰退

知らない人間を攻撃する人間の習性が露わになった昨今、twitterを初めとするSNSが面白くないコンテンツになっている。リスク回避のため、注釈をつけ当たり障りのないことと気に食わない人間の攻撃を全員がつぶやき始めたら、それは動物の唸り声と変わらない。SNSは衰退するだろう。小規模なコミュニティを除いて。

社会学者のM氏は小さな共同体を今こそ再考するべきだとしている。M氏の発言は偏ったものが多く、平均的とはとても言えないが、こればかりは当たっているように思える。M氏曰く、『人間は見えない人間のことについて無関心である。極端な話死んでもよい。よって機能する共同体の人数は高々200人である。』

インターネット(スマートフォン)を使うにしろ、使わないにしろ新たなコミュニティを作るシステムが今後流行するだろう。フォロワー数の増加が承認欲求を満たす幻覚の時代は終わり、ただのリスク増加であることに一定数以上が気づいたとき、別のシステムが生まれるだろう。それがオランダの一部で流行しているシェアと同じかはわからないが、メルカリなどのフリマアプリの流行にその兆しが見える。

ナッシュ均衡からみる矮小な政治家

囚人のジレンマという思考実験がある。詳細はWikiPediaに任せるとして、互いに利益を求めて非協力的かつ合理的に競走した場合の均衡状態をナッシュ均衡という。
北方領土問題や拉致被害者問題もすでにナッシュ均衡を迎えていると言える。ここで政治家を責めても仕様がないのだが、ある政治家がトランプ大統領にケチをつけて売名しているのは大変痛々しいものがある。

そもそも『ミサイルを撃たれるんじゃないか。アメリカ様なんとかしてください外交』であったのに、いざアメリカが何とかしたら、アメリカは拉致被害者問題をもっと追及するべきというのは、与党議員でもなければ知名度も発言力もない自らを理解していない厚顔によって、こちらまで恥ずかしさを覚える。

そして、死亡者も出ている大惨事の地震の次の日にはもう安倍総理がミスしているのを分かっているのに加計問題つつき。地震の対策はまるでなく、18歳が成人となる法案も丸通し。これが日本の政治である。外交は均衡状態にあるが、内政は縮小の一途である。

 

ITとはなんだったのか、資本主義と民主主義の相反性

自動車部品の組み立て工場の競争を考えると、工場の生産機械はそれぞれの工場が寡占したほうが得である。全ての工場が同じ機械を使用したら、元々の資本が大きい工場が勝つことになる。システム開発とは発注者である大企業に対して、中小企業が性能の良い機械を開発することであり、貧富の格差を広げる仕事である。

IT企業内では仕事を奪うのがIT企業だとか頭のよさそうなことを言っているが、その実『金持ちをより金持ちにするための小銭稼ぎ』である。ブラックな仕事内容に対して労賃はあまりにも少ない。AIの開発も同様で、夢に描いていたアトムのような未来はなく、アトムの敵側の悪のロボットを大量生産することに他ならない。大企業がもうかる仕組みとはすなわち少数が勝つ仕組みだからである。

このことを突き詰めて考えると、資本主義と民主主義は相反するのではないかという問に立ち戻る。資本を持っているのは少数だが、貧乏人は多数いる。貧乏人の声は大きいが、金持ちのいる高層ビルには届かない。そもそもなぜこんな当たり前のことを学校で教えないのか。民主主義は最悪だが一番ましだという前に、最悪の改善案を考えなければいけない。

参考:民主主義に変わる政治制度はあると思いますか?
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