相撲は最早神事ではない。

相撲という名のプロレスが近年賑わしていたが、相撲はいつか、外国人力士の独壇場になり、強ければよい、さらにその勝ち星も金で買えるようになった。
強い外国人力士による思想、主張、暴力もまかり通り、理事長もそれら及び
不正も黙認している。これは最早神事とは呼べない。
そもそも日本の神事で、女性が土俵に上がってはいけないという理屈は、外国人でも日本名の四股名がつけば土俵に上がってもよいという奇妙な理屈が通ることと矛盾している。グローバル化は通るのに、女人禁制は通るのか?仮に男たちの神事として考えた場合も、市長が倒れた時点で男性が迅速な対応をとれなかったこと自体が、此度の問題の焦点になる。男性が倒れることは予測できなかったかもしれないが、救急隊員に女性がいることを想定していなかった点で、神事として成立していない。

そもそも、リモコンで殴ったとか、ビール瓶で殴ったとか刑事事件が起きているのに、組織ぐるみで隠蔽しようとしたことは事実であり、この背信行為そのものには
口を閉ざし、この度の不適切なアナウンスがありましたことを謝罪します。というのは最早国民感情を逆なでしましたが、今後ともスモウをよろしくお願いします。ということと相違ない。プロレス団体と化したスモウ。少子化もあいまって、日本人力士が減少し、人々の関心は薄れていくだろう。

メモ

難解な問題は分解して考える。分解不能な1ステップになるまで分解する。
一週間の行動をパターン化する。
子蜘蛛を見かけたら、掃除不足のサイン。こまめに掃除する。
強い動機がなければ、勝率の悪いことはしない。
失敗した商品のメーカーの商品は今後買わない。
基本的に人間は信用しないが、理詰めで考える。
今日できることは、今日するより、
明日以降の継続性を考える。
1週間後に自分の成果を分析する。運要素が強い成果は除外する。

マイナスからスタートして勝機はあるのか

成人したときに、200兆持っていたらそれ以上増やすことは考えないだろう。
馬鹿みたいに浪費したとしても使いきれない。発狂してすべて現金に換え、ガソリンをかけて燃やすことはあり得るかもしれないが、ふつうはない。
その金持ちは「カイジ」の坊ちゃんのように人が砂に見えるかもしれない。

ほとんど人間は0かマイナスから始まる。
人の評価もそうかもしれない。
マイナスになってしまった人間は信頼関係を築きなおさなくてはならないのだが、
その労苦よりも新しい人間にプラス評価を得たほうが早い。しかし、この転化は失敗する可能性が高いかもしれない。

信頼は一朝一夕には築けない。失うのは一瞬で、築くのは長い年月がかかる。徳を積むとはそういうことだろう。

野球やサッカーになぜ投了がないのか

囲碁や将棋は投了がある。
囲碁将棋は個人戦で、負けを認めるのも技の表現の一つであるが、
野球やサッカーは団体戦であるし、制限時間もある。最後まで諦めてはいけないといわれている。

9回表9点ビハインドで打順が7番からの場合や、アディショナルタイム残り1分の時に3-0でどうやって勝つのか。30連続デッドボールや、3回オウンゴールなどの奇跡を信じるのか?

羽生名人や藤井六段が詰みをミスるより、上記の奇跡のほうが確率的にあり得ない。
草野球や草サッカーではない。プレイヤーはプロである。

メンタルを鍛えるんだと、最後まであきらめず、一点いれてアピールするんだ。
というかもしれない。
誰のためになのか?客のためもあるかもしれないが、自分のためではないか?

大差で負けているチームのスタンド席は冷え切っている。客は野次を飛ばすか、帰るかの2択を迫られている。格闘技は面白いが、スポーツのチーム戦は面白くない。私だけなのだろうか。