仮想通貨がもたらす円高

政府が仮想通貨を禁じない理由は仮想通貨が脆弱だからである。
ビットコインの認証システムは計算能力によって決まる。
ビットコインユーザーは台帳を使用してマイニング(採掘(ビットコインの取得))を行うため、P2P接続している全世界のノード相手に自分一人が有利に台帳を書き換えるには正攻法で天文学的な計算能力と電力が必要らしいが、台帳は枝分かれが起きることがある(1年間に4回ほど)。そのときは台帳が厚いほうを採用するらしい。

ではこの枝分かれ(fork)を意図的に起こせたとしたら?サークルや自治体では無理かもしれないが、国単位や連合国単位ではおこせそうである。

そしてビットコインを狙わずとも、ビットコインのアルゴリズムを使用した新たに立ち上げた仮想通貨はさらに脆弱である。(ビットコインを上回る強固な設計のアルゴリズムができたなら、ビットコインがそれを採用するはずだからである。)
つまるところ仮想通貨とはギャンブルであり、株取引に近い。そして、ビットコインで買い物ができるらしいが、国が使用を禁止したら終りである。

ビットコインの説明サイトは良いことしか書いていない。やれ認証の暗号が強固だとか、非中央化だとか、P2Pウィルスの危険性や談合による台帳分岐の恐れなど書かれていない。(ビットコインが採掘期を終了したとき、本当に送金のfeeだけで、利用者に利潤がまわるのか?通貨が増えるだけではないのか?)

ビットコインやその他の仮想通貨を買う金は主要通貨のUSドルか円かユーロかポンドか人民元である。乱高下する存在しない会社の株を大人数が買えば、実際の貨幣が少なくなり、貨幣価値が上がるのである。

 

一億年と二千年経っても恨んでやる

半島と島国の対立が明確になった。
日本の経済制裁の対応は誤っていなかったが、結果的にそうなってしまった。
ミサイルでの脅迫に金を払っていたら際限がないため、経済制裁をするしかなかった。勿論これは最善策ではないが、国民の感情と安全を重視するためには、金を払って、ミサイルの資金を増やすべきではなかった。

さらに文大統領は冷静かつ狡猾に米駐屯軍の撤退はないとした。これで韓国の男性を悩ませ、ミソジニー化を進ませる要因である『兵役』が無くなる可能性が低くなった。文大統領は日本に対してのインタビューに対しては、北の非核化が前提としているが、彼の発言は以前の発言をみればわかるように全く信憑性がない。平和だ平和だステップや即興ダンスを北でやる裏で、兵役廃止については一切触れていない。彼はその場しのぎで点数稼ぎの綱渡りをしているだけに見えるが、どの綱渡りも成功している。北と仲よくしようアピールの裏で、中国への楔としての北朝鮮の戦略的重要性について認識しているようだ。北の大将は日本を1億二千万年許さないとしているが、米国に対しては明言していない。

ネットには中文字幕のアニメやコミックがあふれている。中国はAV女優の蒼井そらを国賓として迎え、彼女に億単位(円換算)の金を与えたという。さらに、よく似たドラえもんやよく似たミッキーなど圧力をかけてコピーではないとしている。習氏が白と言えば黒も白になる。プーチン大統領亡き後、大陸情勢はどうなるのだろうか?健康不安がささやかれるプーチン大統領に対し、習氏の体調はすこぶるよいらしい。

楔が抜かれサツマイモが焼かれるとき、日本は香港と同じ道をたどるのだろうか。

無とはいったい・・・うごごご! 死とは何か

数字の0は人が規定した数字であり、無いことを指す。
しかし、無いことは観測で証明できない。

『原点を通る直線や放物線』の原点の座標0とは、人が規定したものであり、
原点の座標(0,0,・・・・)は必ず存在する。

では0とは何か。銀行の預金残高の0や空の金庫の中身は0ではないかという反論はもっともである。しかしこの預金残高も利用する人間と銀行が規定した0であり、ただの操作変数であるといえる。人間が貨幣を振り込めば0ではないし、銀行を利用する人間が生涯を通して預金残高が0円だったすれば、ただその人間がその銀行を使用していないか、金の移動があって結果0になっただけである。金庫の場合も同様である。金の移動は物質や熱の移動と同じく流動的で『完全に平衡な0の状態』は存在しない。

りんごが視界にないことを0状態とするならば、その人間がりんごが視界に入るように移動させれば0にはならない。仮に生涯りんごを見なかった人間がいたとしても、りんごは現在必ずどこかに存在するため、『たまたまそうなった』だけである。

なにもない状態とは存在しない。真空状態のある点も何らかの電磁波や放射線や熱をもつ。絶対零度は存在しない。ブラックホールも特異点向きの重力が存在するだろうし、現在の理論上特異点には到達できない。絶対零度や特異点は0というよりはむしろ、マイナスの無限大である。

では0とはなにか。無とは何か。仏教が追い求める空とは、自己を忘れ、行為に脱落することによって得られるとしている。つまり仏教は無や0について考えることをやめることを勧めている。たしかに定常状態の0をずっと追い求めるよりははるかに健康的である。では死とはなにか?0状態の定常なる平衡状態に落ち着くことではないのか?という人類が追い求めた研究、すなわち人生の意味について仏教は考えることをやめることだとし、キリスト教は隣人に愛を与えることだとしている。

この世界に隣人に愛を与える人間が少数派であることは明らかであり、キリスト教徒のほとんどがそうでないことは悲しい事実である。

死はすべての人に等しく訪れる。定常なる平衡状態が現実に存在しないからである。
超低温や再生細胞で真空で生きる人間の個体ができたとしても、人間の寿命が100歳から100億歳に伸びるだけである。分裂するコアをもつアメーバのような生物になった場合も同様である。生物のエントロピー増大は防ぐことができない。

ではなぜ生きるのか?人生の意味は何か?答えは明快で『人生に意味はなく、死ぬのが怖いから生きているだけである。』
人はただの獣であり、性欲と寂しさによって子を増やす。子供を作ることが人生の意味であるならば、ビッグダディがもっと祭り上げられなければおかしい。

DNAはただの塩基配列であり、残したいならば病院に行ってDNAのデータをもらってくればよい。それと他の個体をかけ合わせていけば、疑似子孫のデータができるであろう。あとは残った科学者たちが有用な塩基配列のみを複製するだろう。

生きとし生けるものは全て死ぬ。そして無意味に生きて、無意味に死ぬ。生きる過程にながれはあるが、未来は予測できず変化する。意味がないから死ぬというのは、疲れるからやめたほうがよい。自分で自分を殺すことはエネルギーがいる。そして自殺とは他者や社会からの圧力がほとんどの場合の原因である。知らない人間のために、そのエネルギーを使用して自分を消すならば、もっと有用で無目的で快楽的なことに使った方が楽しいではないか。だから人間は娯楽を作り、楽しむのである。

韓国化する日本の”ご時勢”

5月某日TOKIOの記者会見が行われた。
『加害者ではない4人』の会見であるにもかかわらず、全員黒く髪を染め、黒いスーツ、ネクタイで平身低頭していた。

会見は全部で90分近くに及び、コンテンツとしてはどのドラマより、リアルで見ごたえがあった。TOKIOは解散するべきだが、やめないでつづけるのが誠意だとする般若のような顔の松岡さんや、たどたどしく擁護する男前の長瀬さん、自身の番組でこのニュースを取り上げねばならない怒りと悲しみで震える国分さん、そしてNGワードを絶対に言わない4人(休止や、山口メンバーの擁護、被害者情報)。福島県からの思わぬ抗議。安定しない4人の精神。このようなドラマを無料で配信するのだからワイドショーは金がかからず得である。

なぜジャニーズ事務所と城島さんは記者会見を完璧に事前準備したのか。山口メンバーの被害者(おそらく一人ではない)とその家族以外の悪意のある周辺人物が今回は何も要求してこなかったが、山口メンバーの罪が明るみになるにつれて、『さらなる謝罪と賠償の要求を防ぐため』だと考えられる。ここで『キスを拒まれただけではないか、そんなに悪いことはしていない』という態度をとると、仮に山口メンバーがより重い罪を犯していた場合にさらに状況が悪化することを恐れての当然の選択である。

10年前くらいは韓国のアイドルが自殺や謝罪するニュースをみて、日本人は韓国人のことを嘲笑していたが、日本の情勢も韓国に近づきつつある。
資本主義の限界ともいえる『多数決に負けた側』の声が強まっているのだ。

このことに相関するニュースとしてキリンの午後の紅茶の公式ツイート削除がある。
このツイートは『こういう女性をみかけたらツイート』というもので、意識が高い女性など嫌われそうな4種類の女性をコミカルな画像を添付して、このような女性をみかけたら、いいねやRTしてねとした広告を兼ねた企業努力であったが、削除され、のちにキリンは公式に謝罪ツイートした。

『女性を物質化して貶めるのは最低だ。』『なんだかイライラする』『失望した。もうキリンの製品は買わない』などの、望んでいないリプライが続々と来て炎上したのだ。テレビだけではなく、インターネットの広告まで企業が少数の声に敗北したともいえる。インターネットの広告はテレビと強い相関関係があるため、今後この傾向が強まるかどうかは不確かだが、テレビが有料コンテンツを流すだけの動画サービス化(ネットフリックス等)しないとこの傾向は加速するだろう。国民の不満の矢が大手テレビ局に集中しているだけで、テレビ局が廃れれば、今後は他の大企業に矢が行くと予想するのは容易い。

『なんだかイライラする』『失望した』というのが日本の国民感情で、そのうち国民感情保護法案が可決されそうである。