ユング心理学 普遍的無意識(集合的無意識) 3 元型 1

元型

前回例示した学校恐怖症の中学生の症状とともに、古い壺に対する愛着、渦(うず)のイメージなどと一連の、神話の主題としては、太母の象徴と考えられるものが同時に生じてきたことを示した。人間の普遍的無意識の内容の表現のなかに、共通した基本的な型を見出すことができると考え、ユングはそれを元型(archetype)と呼んだ。ユングがこの言葉を初めて用いたのは、1919年であったが、それまでは、ヤコブ・ブルックハットの言葉を用いて、原始心像*1(primordial image, urtümliches Bild)と呼んでいた。しかし、後年にはこの両者を区別して用い、元型(archetype)は仮説的概念であって、心の奥深く隠されている基本要素であり、原始心像は、それの意識への効果、すなわち、意識内に浮かび上がってくる心像をさしているとした。つまり「元型そのもの」は、けっして意識化されることがなく、不可視の節点*2 のようなもので、その表象(イメージ)としての原始心像(あるいは元型的心像とも呼ぶ)とは区別して考えることが必要である。

以上のことを簡単にするため、比喩を用いて説明する。昔、原始人たちが森を開拓して住むところを作ったとする。この開拓された場所については彼らもよく知っている(意識)が周囲の森の中は全く不気味な場所(無意識)である。さて、ある日、彼ら原始人の仲間が殺されたとする。原始人たちはこれを何と説明するか。結局、森の中の不可知なXのためにと考えるだろう。これを彼らは、カミと呼ぶかアクマと呼ぶかはわからない。しかし、そのうち彼らが事象をよく観察するうちに、ある殺人のときは、必ず周囲に同じ足跡(意識に現れた原始心像)を見つけ出すことがあるだろう。そして、また、ある場合は足跡はないが、どのひとも背中に大きい爪痕をうけて死んでいる(意識に現れた原始心像)ことを発見するだろう。この場合、彼らは、一様に森の中のXと考えていたもののうち、種類を分けて X(甲), X(乙)のように、区別を始めるだろう。
 この場合、彼らは一度もその怪物を見たことがない(元型は不可視)。しかし、いつも生じる共通の型から、怪物Xの存在を仮定することは的を得たことと思われる。このXの類別(タイプ分け)によって、怪物Yや怪物Zを見つけ出し、その殺害方法を研究することは、その防御策につながる。怪物”そのもの”の存在はわからないが、その現象(殺害方法と殺害対象、殺害の痕跡)を類別することによって、より効果的にその被害を避ける手段も見つけうると考えらえる。このことは、我々が意識化されることのない不可視の節点としての元型を仮説的概念として導入することの意義につながっている。

この例から、基本的な型(元型)を考えることによって、意識現象(この例の場合は原始心像)を把握し、我々の意識体系が無意識からの原始的な力のもとに、ほしいままにされることの危険性を免れようとするのである。
ただ、この場合、怪物Xと思われていたものが、実は開拓の際に森に逃げ込んだクマ(原始人たち知っている動物)であることが判明したようなときには、ユング心理学の図式でいえば、意識から抑圧された個人的無意識(≠普遍的無意識)の内容が、再び出現して意識の障害を引き起こしていたのが、はっきり意識化されることによって、問題が解決される現象に相当することになるだろう。*3

 

*1:心像:知覚によってその場で生ずるものではなく、意識に現れる像。記憶像・直観像など。by google
*2:節点:レンズで、光軸に斜めに入射した光がそれと平行な出射光を得るとき、入射光・出射光それぞれの延長が光軸と交わる点。byコトバンク
*3:当ブログのコンプレックスの解消を参照されたし。

ユング心理学 普遍的無意識(集合的無意識) 2

ユングは、人間の心のなかに意識と無意識の層を分けるのみでなく、後者をさらに個人的無意識と普遍的無意識とに分けて考えた。この三つの層をユングの言葉に従って述べると次のようになる。

(1) 意識
(2) 個人的無意識

これは第一に、意識内容が強度を失って忘れられたが、あるいは意識がそれを回避した(抑圧した)内容、および、第二に意識に達するほどの強さをもっていないが、何らかの方法で心のうちに残された感覚的な痕跡の内容から成り立っている。

(3)普遍的無意識(集合的無意識)

これは表象(イメージ・シンボル)可能性の遺産として、個人的ではなく、人類に、むしろ動物にさえ普遍的なもので、個人の心の真の基礎である。

人間の無意識の奥深く、このような人類に普遍的な層を考えるのは、ユングの特徴であるが、この点も、ユングがフロイトと説を異にして訣別してゆく原因となったものである。普遍的無意識は集合的無意識と最近は呼ばれるようで、ユング心理学がオカルトと言われ、オカルトに利用される所以となった。普遍的無意識はの内容は、登校不能になった少年の例にも示したように、神話的なモチーフや形象から成り立っているが、この内容は神話やおとぎ話、夢、精神病者の妄想、未開人の心性などに共通に認められる。一例として、ユングは一人の統合失調症患者の妄想と、古いミトラ祈祷書(インド・イランなどにみられるミトラ教)に書かれてある内容との一致した例をあげている。

簡単に述べると、ユングは病院で、ある統合失調症患者(昔は分裂病患者と呼ばれた)が「目を細めて太陽を見つめると、太陽のペニスが見え、自分が頭を揺り動かすと、それも動くが、それが風の原因だ」と語る。その後、あるとき、ユングがギリシャ語の古いミトラ祈祷書についてかかれている本を読んでいると、その中に、太陽からありがたい筒が下っているのが見えること、それが西に傾くと東風が吹き、東に傾くと西風が吹くこと、などが記されているのを発見する。前記の患者はギリシャ語は読めないし、その本が出版されたのも患者が妄想を語ってからあとのことである。

このような妄想と神話的な内容との一致は単なる偶然といって無視できるかもしれないが、ユングはこの奇異な現象を偶然とは考えずに、真剣に取り上げて研究にとりあげた。河合氏によると心理療法という分野で観察を続けるときは、案外しばしば生じてくるものであることが分かったという。このような研究を通じて、ユングは普遍的無意識(集合的無意識)を考え、コンプレックスが個人的無意識の中に存在するならば、普遍的無意識(集合的無意識)の内容として、次回述べる元型(archetype)の考えを導入した。

母殺し(親殺し)

親が子どもに与える影響は大きい。悪い親が子供に与えるダメージは甚大である。私は幸運にも性的虐待が”軽度なものを除けば”、なかったため、完全に破壊されることはなかった。精神的に幼い父親の度が過ぎるわがまま(泥酔、不貞)により、統合失調症に罹患した母親の私と姉への異常な過干渉と、前述したコンプレックスの塊である父親の精神の安定のための破壊行動を一身に受けた(姉は成人する前に家を出た)私は、母への共依存と恐怖から抜け出すために、母にしてはいけないことをしたこともある。母は父親と違う男性と遠いところで暮らしている。それが、幸福なのかどうかはもはや私には関心がない。大きい段ボール2箱の異常な量の野菜が何度も送られ、受け取り拒否をしたり、無関心にいたるまでに時間がかかった、完全な独立は不可能かもしれないが日常生活に支障はなくなった。父親のことは早い段階で、興味がなくなった。そう考えると、程度の差こそあれ、前回記述した河合氏のユング心理学の少年の例と似ているといえなくもない。

私の作った以下の動画は、私の個人的な母殺しがテーマである。

ユング心理学 普遍的無意識(集合的無意識) 1

前回、無意識内に存在するコンプレックスの重要性について述べた。ユングは無意識の研究を続けていくうちに、コンプレックスの背後にまだ深い層があることがわかるようになってきた。この章では普遍的無意識(collective unconscious)や、元型(archetype アーキタイプ)の考えが生じてくるのである。彼のたてた普遍的無意識の概念は多くの芸術家、宗教家、歴史学者に歓迎されるが、多くの誤解をもたらすこになった。ユング自身も初期のころは、理論的な混乱があり、理解を困難にさせていたこともあったが、理論的に整理された現在においても、理解するのに時間がかかるであろう。

1 普遍的無意識

ユングは無意識を層に分けて考え、個人的無意識(personal unconscious)と普遍的無意識(collective unconscious)とに区別する。これらを初めに概念的に規定してゆくよりは、実際的な例をあげて説明するほうがわかりやすいので、河合氏の一つの相談(診断)事例を述べる。

中学二年生男子の学校恐怖症で、約二か月間学校を欠席、本人がなぜ学校へ行けないのかはわからない。母親に連れられて、いやいやながら来談する。3回目の面談時に次のような夢を語る。

夢 自分の背の高さよりも高いクローバーが茂っている中を歩いてゆく。すると大きい肉のうず(渦)があり、それに巻き込まれそうになり、おそろしくなって目が覚める。

この夢について、この少年はほとんど何も思いつくことがない。夢分析の場合、夢の内容について、本人の連想を聞くことは欠かせないのだが、この場合は、本人は何も思いつくことがない。それよりも、この「肉の渦」といった思いもよらない内容と、その恐ろしさに本人も驚いているばかりである。このような場合、この夢の内容は本人の意識からはるかに遠い。深い層から浮かび上がってきたとしか考えられない。ただこの夢に対して、一つの類推を許す材料は、彼の症状としての学校恐怖症である。つまり、彼は何者かに巻き込まれたかのごとく、家から外にでられない、ともいうことができる。

この少年は何も思いつくことができないが、この夢の中心をなす恐ろしい渦は、我々に多くのことを思い浮かばせる。この場合の渦は、渦巻線としてよりは、何物も吸い込んでしまう深淵としての意義が大きいが、このような深淵は多くの国の神話において重い役割を演じている。すなわち、地なる母の子宮の象徴であり、すべてのものを生み出す豊穣の地として、あるいは、すべてを呑み尽くす死の国への入り口として、全人類に共通のイメージとして現れるものである。原始時代の人々にとって、地面から植物が育ち、また枯れて土にかえり(と彼らは考えたと思われる)、そして、また、新たな植物、生命が生まれでてくることは、全く驚きであり、不可思議であったに違いない。とくに、穀物によって人間の生命が維持される場合、この土の不思議は彼らの胸を打っただろう。そして、産み出すものとしての母、土、何かを蔵している深さなどは、一体として感じられ、地母神のイメージとして、全世界至るところに見出すことができる。

この穀物の生成と、母なるものの意味を伝える神話の典型的なものとしては、ギリシャ神話のペルセポネーとその母デーメーテールの物語をあげることができる。そして、産み出すものとしての地母神が、また、死の神としての特徴をもつことも、多くの神話に共通に認められる。土から生れ出た植物が、また土にかえるごとく、すべての深淵はまた、すべてのものを呑みつくすものとしての意味も兼ね備えている。このため、まったく矛盾している生と死の両方を、一人の地母神が兼ねている例を認めることもできる。日本の神話で、国土を産み出した母なる神、伊邪那美(イザナミ)は、後に黄泉の国に下って死の神となる。

ヴィレンドルフのヴィーナス

このような深い意味をもった母なるもののイメージは、全人類に共通に認められるものであるが、ユングはこれを個人的な実際の母親とは区別して、太母(great mother グレートマザー)と呼んでいる。地なる母、太母が、生の神であると同時に死の神である二面性は、渦巻線によって現れることもある。渦巻はまた、太母の乳房の象徴としても用いられるもので、太古からある太母の像には、よくあらわれるものである。少年の例について考えると、この少年は、このような意味をもった太母の象徴としての渦のなかに足をとられて抜けがたくなっているのではないか。そして、この少年が学校を休んで熱中していたことは、石器時代の壺を見ること、そして、その複製を自分で焼いて作ってみることであったことは、非常に示唆することが大きいと感じられる。すなわち、壺は、産み出し、あるいはすべてを呑みこむものとして、最も普遍的に太母神の象徴となっているものだからである。実際、古代において、壺そのものあるいは、壺に目鼻をつけたものを神として、信仰の対象となった例は多い。診察のときに、肉の渦についての連想を少年に聞くと、彼が突然「僕は家で甘やかされているのがいやだ」と語り、ここから治療が発展したことは、少年の夢の肉の渦が、壺や太母を表していることを裏付ける。結局は父親が、精神病であるので学校にいやだというのだが、河合氏はそれを直接の原因とは考えなかった。少年の反応が激しかったからである。このような場合、ユングは、「すべての心的な反応は、それを呼び起こした原因と不釣り合いの場合には、それが、それと同時になんらかの元型(archetype)によっても決定づけられていないか探求するべきである」と述べている。この場合であれば、父親の病気という原因と同時に、その背後にある元型的なものを問題とするべきことを示唆している。この少年の事例の場合は、弱い父親の背後に渦巻いている肉の深淵、何ものをも呑みつくす力を持った元型的な太母の像の存在が大きい条件となっていることに我々は思い至る。

 

私個人の父との相違

3年位前、まだ父と暮らしていたころにユングの相補性、すなわち怒りの中に悲しみがあり、愛の中に憎しみがあることに気付いて興奮した私は父と話をしました。

それは綺麗なバラにはトゲがあるっちゅうことやろ

何もかもお見通しだ。わかり切ったことを聞くな。お前の考えと人生経験は浅いから俺のほうが優等だ。なんでこんな下等な子どもが生まれたのかといわんばかりの態度で話しました。それでもう私はキレそうになって話をやめました。

バラはトゲも含めてバラであり、トゲがあるからこそ美しいのではないか。トゲがないバラなど何の魅力もない。と私は思ったのですが、今思い返せば、内向的感覚型の父はバラのトゲなど痛くで邪魔なものであり、いらないものだと感じていたのでしょう。

私の父は映画の「葛城事件」の大量殺人者の元凶である父親(三浦友和さんが演じています)のような人であり、母が運転している助手席で大声をだしたり、何も偉くないのにレストランで大声を出す人でした。テレビに向かって本気で怒る人でした。

このような父親から無数のコンプレックスが生まれたことはまぎれもない事実であり、世間と両親に対する私の内在する怒りは計り知れないものでありますが、そのシャドウともいえる怒れる私と握手することで、私が生きる生命力になっているのです。